vol.09 – Ippei Mochizuki , Kanna Ogawa / Milan

イタリアで学んだことを日本に持ち帰り、後世に受け継ぎたい

Imhereがお届けする海外で暮らす気になるあの人。vol.09は、本場、イタリアでオペラを学ぶIPPEI MOCHIZUKIさんとKANNA OGAWAさん。オペラに魅了されたわけや、イタリア留学を決めた理由などを伺いました。さらに、先日出演されたオペラ公演のお話も一緒にお届けします。

 

これまでの経緯やイタリアに来たきっかけを教えてください。

IPPEI(以下I):24歳で日本の音楽大学の大学院を終了し、その後、現場に入って音楽家として働いていました。そんな中でずっと、オペラが生まれた国の一つであるイタリアで学んでみたいとも思っていました。もちろん日本でも勉強できる場所はたくさんあるし、場所を選べば外国へ行かなくても充実したレッスンが受けられると思います。ただ、30歳頃からイタリアで学びたいという思いがだんだん強くなっていました。

他の国にもオペラがありますが、イタリアを選んだ理由はありますか?

I:オペラには、ドイツオペラ、フランスオペラ、ロシアオペラ、英語のオペラ、もちろん日本のオペラもあり、それぞれのオペラに各国の文化が根付いています。そして、僕たちオペラ歌手はベルカント唱法という歌唱法で歌っているのですが、そのベルカント唱法が生まれたのは間違いなくイタリアです。だからこそ、その歌唱法を現地の歌手から学びたいと思いました。

KANNAさんはどのような経緯で?

KANNA(以下K):母がピアノの先生だったので、物心が付いた頃から音楽に溢れ、ピアノのレッスンも母にしてもらっていました。一方で、小学生の頃から地元の合唱団にも所属していたのですが、ピアノを弾いているより歌っている方が楽しかったんです。その後、中学一年生ぐらいからクラシックを始めました。当時からイタリア歌曲に触れていたので、自然にイタリアにフォーカスするようになり、高校生の頃には「将来は絶対にイタリアで学ぶ」と決めていました。その後、短期で何度かイタリアに来ては、こちらの先生に付いて指導を受けました。そして数年前、今私が付いているソプラノの先生に出会い、この先生に発声や演技を学びたいと思ったのがきっかけです。

 

お二人がオペラに魅了された理由を教えてください。

K:高校生ぐらいの時に学生がやっているオペラを観たんです。学生と言っても芸大生だったので、プロのたまごのような方々ですが、彼らのオペラがとっても上手だったんですよ。煌びやかな衣装だったし、とにかくすごく輝いて見えました。それがきっかけで、私も煌びやかな舞台に立ちたいと思うようになりました。

I:僕は、歌を始めたのが中学3年生ぐらいで、それまでは陸上部でした。ただ、姉が吹奏楽をやっていたので音楽が身近ではありましたが、決して音楽家家系ではありませんでした。中学で陸上をやりながらも他にやりたいことを模索していて、そんな中でトランペットを2年程やってみたりもしました。そんなある日、地元に劇団四季の「キャッツ」が来たので、観に行くことになったんです。観る前は全く興味がなくて、眠いし、長いし、退屈だし、なんて思っていました。でも、実際に行ってみると、ビビッとくるものがあって。帰宅後、母親に頼んでもう一度観に行かせてもらったんです。さらにそのあと2回観に行って、合計で同じ演目を4回観ました。完全にハマりましたね。これをきっかけに歌をやりたいと思いました。

なるほど!

I:当時は、なぜこんなに魅了されたのかわからなかったけど、今になるとその理由がわかります。同じ演目だけど、毎回微妙に違うんですよ。劇団四季は当日の朝、プロデューサーが調子を見てキャストを変えるんですが、演じる人が違うと舞台自体も全然違うものになるんです。例えば、「キャッツ」はいろんな猫が出てくるのですが、当時の僕は全ての猫が主役に思えました。だから「今日はこの猫を見よう!」と毎回観る猫を変えていたんです。

K:「推し」を見つけるみたいな感じですよね。

I:そう、「推し」!それがすごく楽しくて。絶対に劇場へ行かないと生の面白さって分からなくて、DVDでは分わからないんですよ。もちろんダンスもいいし、衣装もかっこいいし。それからは、地元に劇団四季が来る度に観に行きました。「オペラ座の怪人」とか、「コーラスライン」とか。でも、これ全部ミュージカルなんですけどね(笑)。

それでもミュージカルではなく・・・

I:当時からクラシックが歌いたいと思って、通っていたトランペットの先生の紹介で初めて歌の先生に付きました。そこで先生に「いい声してんじゃん!」とそそのかされたんです(笑)。当時の僕は嬉しくて、僕の居場所はここなんだ!と思い、音楽家の道に進もうと思いました。入り口はミュージカルでしたが、歌を続けているうちにクラシックの方がいいなと思ったんです。なぜミュージカルに行かなかったかと言われたら・・・、体が硬くて踊れなかったからかもしれないですね(笑)。

K:私もミュージカルやってみたことがありますが、やってみて改めてクラシックの方が好きだと思いました。踊ることは好きだし、ミュージカルの方が派手で、曲もキャッチーで、楽しそうに見えるじゃないですか、でも、自分の中で「違うな」と思ったから、こればっかりはしょうがないですね。母のお腹にいた時からクラシックを聴いていたから体の中に流れているのかもしれないですね。

 

留学をするのに悩んだり、大きな決断はありましたか?

K:大学院が終わったらイタリアへ行くと決めていたので特に悩みはなかったです。私は文化庁の新進芸術家海外研修制度の研修生として来させてもらっているのですが、2019年に大学院を終了して、渡伊までの1年間は書類審査や面接の準備をしていました。審査に受かって無事に来ることができましたが、もし受からなくても別の方法で来ようと決めていました。

IPPEIさんはどうですか?

I:僕は、大学院を卒業してからしばらく個人事業主として歌の仕事をしていました。5年経つとやっと1年間のスケジュールが決まって安定してきたんです。でも、この状態で海外へ行き、帰国して浦島太郎状態になりたくないという不安も正直あったので、イタリアで学びたいという思いがありながらもずるずると5年経っていました。ただ、僕のバリトンという声域は、オペラの中だと年齢層の高いお父さん、お兄さんの役が多いんです。そして、だんだん声に艶が出てくる(キャリアとしていい)時期が35〜50歳ぐらいと言われています。だから30歳を過ぎた頃からイタリア留学が現実味を増してきたので渡伊を決めました。

 

イタリアでどんなことを学んでいますか?

I:まずは語学です。例えば日本語の歌曲を歌うときと英語の歌曲を歌うときだと、当然ですが言葉を理解している方が表現の幅が広いんです。辞書で単語の意味調べて訳しますけど、単語ひとつひとつの言葉がわかっていても、母国語と圧倒的な差があります。その差を少しでもなくすためにも語学を勉強することが表現することに繋がります。

K:歌の勉強をしに来ましたけど、語学もしっかり学びたくてイタリアを選んだというのが大きいですね。

I:語学がわかってないと、お芝居もできないですから。

イタリアで学ぶことと、日本で学ぶことに大きな違いは?

K:まだイタリアに来て8ヵ月で、そのうち5ヵ月間はロックダウンだったので、正直まだわからないですが、今指導を受けているイタリアの先生から学びたくて来ているので、ベルカント唱法をイタリアの先生から学ぶことができるのはありがたいし、贅沢だと思います。私の先生は、ベルカント唱法が確立された時代に既に活躍されていた黄金期の先生なのでとても信頼しています。

オペラの楽しみ方を教えてください。

I:歌を楽しむのもいいですが、ストーリーの軸になる主役は必ず存在するので、その主役が周りにどういう影響を与えながら物語が展開していくのかに注目します。例えば、その人が言ったことに対して、周りがどうリアクションを取るか。たまに舞台の隅でボケたり、面白いことをしているキャストがいるんですよ。それも人によってアレンジやセリフの間が違うので、喜劇を見ていただくとわかりやすく楽しめると思います。日本では吉本新喜劇が人気じゃないですか。あそこで行われているボケだったりがオペラの中でも同じように行われています。コロナが落ち着いたらぜひ劇場に足を運んでもらいたいと思います。

K:全部言われちゃいましたね(笑)。オペラは衣装、バレエ、オーケストラ、大道具・・・総合芸術というところが他にない一番の魅力だと思います。あとミュージカルと違うところは、マイクを使わずに、自分の身一つで劇場の後ろまで声を飛ばす、(新しいオペラだとマイクを使うこともありますが、基本的には使いません)お客さんに生の声を届けるということ。生の声でしか感動できないことがあるし、そのための発声法を学んでいます。

お二人は先日、イタリアでオペラの舞台に立たれたとか。

I:はい、テルメの中にある劇場で、規模は大きくないのですが。響きも良くてすごく歌いやすい劇場でした。

K:イタリア人のお客さんにイタリア語のオペラを聴いてもらうということで緊張しましたが、すごく感極まりましたね。

I:イタリアに着いてからすぐロックダウンしたので、こんなに早く演奏会、しかもオペラ全幕ができるなんて思っていませんでした。

K:そうなんです。大きい劇場だと劇場のオーディションも受けないといけないし、日本人がイタリアでオペラをすること自体が難しいことだと思っています。もちろん今回もオーディションはありましたけど、たまたまご縁もあって。

I:演目は、「愛の妙薬」というオペラで、メインキャストは僕たち含めて5人。内気な主人公が、地主の娘役のKANNAさんに恋をし、主人公のライバル役が僕です。ストーリーはすごくシンプルで、言葉が分からなくても楽しめる演目です。

お二人ともメインキャストだなんてすごい!実際演じてみてどうでしたか?

K:実に1年ぶりの舞台で、楽しさしかなかったです。今回のオペラ公演は1幕から2幕で約2時間なのですが、自分の出ているところをまとめるとトータル約1時間は歌っていたと思います。だから集中力が途切れないか心配でしたが、なんとかやりきりましたし、自信に繋がりました。ひとシーンが終わって舞台からはける時とか、舞台袖で待機している次の演者に対して「頑張って!」という気持ちとか思い出して熱くなりました。オペラってこんなに楽しいものだったっけ!?って。

I:舞台からはけるとき「あとはまかした!」って感じでハイタッチする感じです。

K:みんなで作り上げる楽しさがオペラの醍醐味なんだと改めて実感しました。

I:緊張もしたけど、良かったですね。舞台は生モノだからアクシデントは必ず起こるんですよ。今回も一人の演者が自分の出るタイミングを忘れるというちょっとしたアクシデントがあったんです。でも、僕たちは決して舞台を止めてはいけないので、いかにみんなで場を繋ぐか、その時に絆を感じます。

K:イタリアに来てこんなに早いタイミングでオペラをやらせてもらったのは本当にありがたかったし、これからまた頑張ろうというモチベーションにも繋がりました。

 

 

今後、イタリアでやりたいことはありますか?

K:ボローニャやパルマなど、ミラノ以外にもイタリア各地に劇場がたくさんあるので、将来そこでオペラができるようにオーディションを受け続けようと思っています。もし何回も落ちたとしても顔を覚えてもらえる可能性もあるし、違う演奏会に出演しないか、と声をかけてくれる可能性もあるので。オペラは演目によって見た目も重要なので、声が良くてもイメージに合わないということがあるんです。だから受け続けることが大事だと思っています。日本はヨーロッパのようにオペラが浸透しているわけではないし、正直、オペラ歌手という面では、体格、顔の作り、骨格など、欧米人とは差があります。だからこそ、少しでもその差を埋めるために留学し、現地の発声を取り入れ、それを日本に持ち帰る。先人のクラシックの方々が技術を日本へ持ち帰ってくれたおかげで私たちも学ぶことができていると思っています。だからこそ、その技術を止めたくないから私もイタリアへ来て自分で勉強して、それを日本に持ち帰り、後世に受け継ぎたいと思っています。

I:僕も挑戦し続けて、まずは知ってもらう機会が少しでも増えるようにしたいです。そして、イタリアで学んだことを日本に還元できたらと思っています。

イタリアの好きなところを教えてください。

I:やっぱり人が親しみ深くて温かいところですね。

K:みんなオープンですし。

I:今回オペラ公演をやってみて、イタリア人にとってオペラが身近なものだと実感しました。公演当日、会場の近くにあるお店を訪れた時、お店の方みんながオペラ公演について知っていて、応援してくれました。そして、公演のあとには声をかけてくれて、イタリア人は温かいって思いましたね。だから、僕たちも「僕たちこのオペラに出るんだよ」なんて気軽にお店の人に話しかけたりできました。日本だったら自分たちが出演することを劇場の近くのコンビニの店員さんに言ったりしませんからね(笑)。それに、相手も自分の家族のことのように喜んでくれたりするんです。

K:後は、街並みが好きです。だんだんモダンな建物も増えてきましたけど、田舎へ行くと、石造りの建物だったり、天井の高い教会だったり、イタリアの古き良き風景を見ることができます。例えば天井の高い教会は、音の響きが全然違って、すごくいいんですよ。つい歌いたくなってしまうくらい。

I:そういう面でも歌の文化が生まれたルーツを感じることができます。

 

 

 

PROFILE

望月一平 / Ippei Mochizuki
静岡県出身。武蔵野音楽大学卒業、同大学院修士課程修了。平成24年度同大学オペラ公演《魔笛》パパゲーノ役でオペラデビュー。文化庁による新進芸術家育成事業オペラ公演《ラ・ボエーム》にショナール役で出演。2019年、東京・春・音楽祭、R.ムーティによるイタリアン・オペラ・アカデミーに参加し、《リゴレット》(R.ムーティ指揮)にモンテローネ役で出演。小澤征爾音楽塾《子供と魔法》肘掛け椅子役、木役、《カルメン》ダンカイロ役のカヴァーキャスト、『セイジ•オザワ松本フェスティバル』オペラ公演《ジャンニスキッキ》ベット役のカヴァーキャストを務める。その他に《コジ・ファン・トゥッテ》グリエルモ《ドン・ジョヴァンニ》レポレッロ《こうもり》ファルケ、《プラテー》モミュスなど数多くのオペラに出演。2020年11月よりイタリア留学、バリトン歌手であるGiorgio Lormiのもと研鑽を積み、ベルガモで行われたオペラ公演《愛の妙薬》にベルコーレ役で出演。
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小川栞奈 / Kanna Ogawa
栃木県出身。愛猫家。三度の飯よりチョコレートが好き。ゲームはSplatoon2とMinecraftがお気に入り。 都立芸術高校、東京藝術大学声楽科卒業。同大学大学院オペラ専攻修了。第70回学生音楽コンクール、第28回奏楽堂日本歌曲コンクール等、8つのコンクールにて優勝。海外のコンクールにて入賞。モーツァルト《レクイエム》、《第九》ソプラノソリスト。東京芸術大学大学院オペラ《魔笛》夜の女王役。平成30年度小澤征爾音楽塾オペラプロジェクトにて《子供と魔法》火、お姫様、夜鳴きうぐいすのカヴァーキャストを務める。平成29、30年度宗次エンジェル基金新進演奏家国内奨学生。第88回都市対抗野球大会開会式にて国歌独唱。5回のイタリア短期留学。現在、文化庁令和2年度新進芸術家海外研修制度にてイタリア・ミラノにて研修中。これまでに、三縄みどり、櫻田亮、M.グリエルミ各氏に師事。

 

 

 

【MEDIA INFORMATION】

>>Im here magazine

2020年、ニューヨーク、ハワイ、イタリア、それぞれの場所を拠点に生活する3人の女性が立ち上げたウェブマガジン。現地のライフスタイルはもちろん、世界各国へ移住した人たちにフォーカスした「気になるあの人」のパーソナルなライフスタイル情報をインタビューを通して自分たちの目線でお届けしています。