「人生の中で自分の思い通りにいかないことってたくさんある。そんな時に「まぁいいや」って思えることが大事」
Imhereがお届けする海外で暮らす気になるあの人。vol.18は、ベルリンで舞台芸術家として活動する井上知子(TOMOKO INOUE)さん。ベルリンでの演劇のこと、イギリスでの留学、最近感じる心の変化など、ナチュラルに存在する彼女が今思うことをたっぷりと話して頂きました。
「演劇というものが違う受け入れられ方をしているところへ行ってみたくてイギリスへ」
―ベルリンに住んで7年と聞きました。なぜベルリンに?
20代前半に2年間イギリスに留学していたのですが、イギリスがあまり合わなくてヨーロッパの各所を旅行していました。ヨーロッパの街ってどこもすごくクラシカルでキレイなんですが、どこか似ている印象もあったんです。でも、ベルリンを訪れた時だけ他のヨーロッパの街と全く違う印象を受けました。着いた瞬間になんだか気持ちがふわっと軽くなる感覚があったんです。
―その頃の街はどんな雰囲気でした?
2008年に初めてベルリンへ旅行で来たのですが、その頃はヒッピーというかストリートパフォーマーやユニークな人が多くて、街も朽ちた印象があり建造物も建て替えられている最中で、とにかく「スペース」がある印象を受けました。当時は日本に帰りたいと思っていたので、イギリスを引き上げて帰国しましたが、将来またヨーロッパに住むことがあったらベルリンに住みたいと思っていました。
―好きな街に住めているんですね。ベルリンで「舞台芸術家」として活動中と聞きました。具体的にはどんなことを?
わかりにくいですよね(笑)。もともと俳優として演劇を始めて、俳優以外にも舞台芸術周りのことを含めて色々と活動しています。大学時代から小劇場の劇団で活動していて、演劇は好きだけどその頃の日本の小劇場コミュニティでやっていくことに対してしっくりこないと感じていました。当時は下北一極集中で、面白い人はたくさんいるけど、みんなが同じものを目指しているような気がして。なので、大学を卒業するタイミングで「演劇」というものが違う受け入れられ方をしているところへ行ってみたいと思い、イギリスへ留学しました。
―イギリスではどんな勉強を?
2年間演劇の学校へ通いました。「舞台芸術家」と言う肩書きのインスピレーションをもらったのは実はイギリスの母校です。舞台に携わるすべての人を指す言葉として「パフォーミングアーツプラクティショナー」、つまり舞台芸術実践者という言葉が使われていました。小グループに分かれてディスカッションや即興をしながら作品をみんなでイチから作っていたので、作品を作る側でも、演じる側でも、マネジメントする側でも、卒業後は舞台関係のどの役回りでもできるようになるというカリキュラムでした。他にもデザインの授業があり、舞台装置や衣装のことを学ぶ機会もありました。その後日本に帰国し、演劇の現場で活動していることと、英語が話せるということで、演劇祭で通訳のボランティアを始めて、それが少しずつ仕事に。演劇の現場は資金に余裕がなく、できることは自分たちで補いながら進めるので、出演者として行く時もあれば、通訳やアシスタントとして行く時もありました。
―なるほど。今はベルリンの大学院に通っているとか。
作品作りのためのコースに通っています。いよいよ私も作品を作る側になるのかなと思い肩書きを考えた時に、私がいるシーンはダンス、パフォーマンス、演劇、ビジュアルアートといった枠にとらわれずにクリエーションしている人たちがたくさんいて一言では言い表せないと思ったので「舞台芸術家」というふわっとした肩書きにしています。
―そういうことだったんですね。実は、どんなことをするのか気になっていたんです。
演劇業界の隙間産業みたいな感じのことも含めてやっています。例えば通訳の仕事だと、舞台上で通訳してほしい「通訳」役として出演しつつ徐々にフィクションに入り込んでほしいというような斜め上を行く依頼に対して、舞台に出ることにも抵抗がなく、その場で簡単にディスカッションしてパパッと立ち回れることで喜んでもらえる現場もあります。もちろん多くはないですけどね。他にも観客とのやり取りの内容をその場で要約・翻訳して舞台上のプロジェクターにライブで反映させたり、舞台上で作品の一部としてカメラを回したり、演劇の仕組みがわかっていないとできない、でも肩書きにならないような仕事が意外とあるんです。
―確かに経験者だからこそできることですね。そもそも俳優を目指したきっかけは?
小さい頃は映画俳優に憧れていたのでいつかアメリカへ行こうと思っていたのですが、中学時代の演劇部の先輩たちが下北に通って演劇を観ていたのがきっかけで私も見始めたんです。そしたら一気にその世界にのめり込んで、それ以降は演劇以外のことをやるイメージがなかったです。ここ最近は、大学院に行きつつ今後について考えています。私の場合「ベルリンに住んでいること」、「ベルリンが好き」と言うことが強いアイデンティティだったんですけど、街が変わってきたのと、自分も変わってきたこともあり、もうベルリンではないのかもと感じることも正直あって・・・・。もともとアートや舞台がやりたくてベルリンへ来たので、もしベルリンを離れることになると色々と変わってくるのかもしれません。
「ハイスピードで大量の芸術で溢れる世界ではなく、もっとスローでいいんじゃない」
―ということは、今はちょうど分岐点ですね。
そうかもしれないです。去年から大学院へ通い始めたのですが、作り手として見たときに、改めて日本とヨーロッパの違いに考えさせられることがあったんです。ヨーロッパの芸術は助成金で成り立っているので、みんな舞台もアートも産業の中でやっている印象があります。私がいた日本の演劇界は、お金を払って演劇をやる世界で、作りたい作品は他の仕事でお金を貯めて作ると言う感じ。日本にいた頃はヨーロッパの制度が羨ましくてここへ来ましたが、今改めて考えてみると違いはあるけどどっちが良いということもない。日本は仕事として縛られていない分、自由度がある。こっちは仕事としてできるゆえの制約も多い。
―例えば?
製作のペースで言うと、日本だとある程度自分で設定できる自由度があって、こっちは仕事としてやるので、期限までに完成させる必要があって常に追われている感覚。実際、学校制度にもそれが反映されていて、卒業した後にみんなプロとしてやっていくために必要なスキルを教えてもらうわけだからハイペースで作っていけるように締め切りも細かく設定されているし、論理的に考えて進めないといけない場面も多いんです。自分がそのやり方でやりたいのかどうか。
―なるほど。どっちを取るか。
アートって、アーティストって何なんだろう? と日々考えています。私にとって、他の人にない視点を提示できるのがアーティストの仕事。誰かに非難されようとも自分の作りたいものを作って社会に風穴を開けていくのがアーティストだと思っています。アーティストが住めない社会ってすごく苦しいと思うんです。だから、アーティストがシステムに回収されてしまうと、役割を全うできるのかなと考えたりします。続けているうちに自分のペースで出来るようになるのかもしれないですけど。今の社会って、消費することが生活の主軸になっているというか。先進国には商品が溢れていて、色んな好みの人がいるから同じ商品にもたくさんの種類があって、実際にはそんなに売れなくてもものすごく大きな単位で生産されて、ほとんどが使い捨てだったり売れないままだったり。アートに関しても同様に感じることがあって。ヨーロッパには社会的に地位や報酬が確立されている人たちがたくさんいるので、みんながハイスピードで大量の作品を作ると、とても見切れない量の芸術で溢れてしまう。それが豊かさだという捉え方もある。でも、もっとスローでいいんじゃないと思うこともあります。
「肩書きや国籍などを取っ払って、その時その時一緒にいる人や場所をもっとヴィヴィッドに感じたい」
―確かに。いい作品に出会いたいし、出逢ったらじっくりと味わいたいというか・・・。
若い時ってなんでも戦って勝ち取らないといけないという思いがあって、努力しないとそこにいけないし、常に自分じゃない何かになろうとしていて。それで向上したりするし、自分が変わっていくために必要なことなのかもしれないけど、最近はがんばりすぎずもっと余白を楽しみたいと思うようになりました。ベルリンの多種多様なコミュニティを見ていると常にアイデンティティについて考えさせられます。でも最近は逆に、肩書きや国籍、アイデンティティみたいなものってラベルに過ぎなくて、本質ではないのかもと思ったり。それよりもその時その時一緒にいる人や場所、考えていることをもっとヴィヴィッドに感じたいと思うようになりました。
―すごくわかります。そう考えさせられる何かがあったんですか?
去年10月にパートナーと2週間ギリシャに滞在して原始人みたいな生活を送ったんです。それが本当に満ち足りた時間で。都会にしか住んだことがないので田舎暮らしに飽きちゃうんじゃないかと思っていたんですが、今まで必要だと思っていたものが本当はそこまで必要じゃなくて。今のパートナーと付き合う前から田舎暮らしに興味があり、田舎の友人を訪ねたりしていたんですけど、一人で住み始めるイメージは湧かなくて、その暮らしを一緒に築いていける信頼できるパートナーが必要だと思っていたんです。
―そう思える人に出会えたんですね。
彼自身もずっと都会暮らしでしたが、将来的に田舎での暮らしを求めている人だったんです。彼と一緒にいるからそういう世界がより具体的に見えてきている感じがします。不思議ですよね、人生って。
―どうなるか分からないから楽しいですよね。
なんとなくこうしたいなあと思っていたことがあっても、それがふとした瞬間に急に動き出したりとか。
―ベルリンの良さを教えてください。
世界中の人が集まってきているのでインターナショナルコミュニティが大きく、自分が外国人であるということを殆ど感じません。あと気楽です。以前は東京とロンドンに住んでいたので常に時間に追われて、身なりをキレイにすることに意識を持っていかれることが多かったけど、ベルリンはクラブカルチャーが盛んなこともあり、月曜の昼間にクラブ帰りの人たちがひどい顔で歩いていたりするので、どんな服を着ていてもどんな状態で歩いていても大丈夫。気を使わない感じが最高です(笑)。ベルリンにはありとあらゆる人がいろんな事情で流れてきているので「人間みんな同じ」と言うのがベースにあるんです。なので、みんな寛容だと思います。日本には日本の良さがあるけど、みんなと同じじゃなくていいという意味でベルリンは居心地が良いです。
―移住して仕事面で苦労したことは?
最初のプロジェクトを見つけるまでは時間がかかりました。でも苦労というよりは、出会いの中で最終的に仕事に繋がっていく感じでしたね。
―仕事につなげるために具体的にやったことは?
とにかく人に会うこと。今は変わってきているかもしれませんが、当時のベルリンは交友関係から仕事やプロジェクトに繋がっていきました。世界中どこでもそうだと思うんですけど、ドイツは特にそれが強い気がします。仲良くなると情報も仕事もどんどん入ってくる感じ。クラブやサウナでの出会いから会社を立ち上げる人たちもいます。最初から上手にその波に乗れたわけではないんですけど、徐々に繋がっていきました。
「まぁいいや、って思えることが私の人生の中では大事」
―壁にぶつかった時どう乗り越えますか?
2023年3〜4月にインドへ行ってプラナヤマを習って、タイでヴィパッサナーメディテーションをやりました。10日間スマホなどの電子機器を預け、誰とも喋らずひたすら毎日10時間瞑想をするという結構ハードコアなやつで。それもあって、最近はできるだけ答えが出るまでじっと待つようにしています。今わからないことは分かろうとしない。自分が動いて必死に考えて決めなくても、周りが起こしたアクションで自動的に決まったりすることもあると思うんです。
―身を任せることって大事ですよね。ダメな時って何をやってもダメな気がする。夢を実現させたり、何かを成し遂げたりするために大事なことは?
日本にいても海外にいても自分の思い通りにいかないことってすごくたくさんあるじゃないですか。そんな時に「まぁいいや」って思えることが私の人生の中では大事です。そこにしがみついちゃうと不幸な気がして。今いる環境を常に自分にとって最高に居心地のいい環境にすることができたら最強だと思います。それも捉え方次第かなって。
―イギリス留学も含め海外経験が豊富だと思いますが、海外で生活をするようになって一番変わったこととは?
前ほど人に合わせなくなったことかな。日本にいると空気を読んだり、相手や状況に合わせることが大事な気がするのでそういう生き方をしてたんですけど、英語って日本語に比べてダイレクトな言語で、YES/NOをはっきり言わないと怒られるし、自分の意見を述べることがすごく大事。いろいろ発言してもいいんだなとか、ディスカッションの文化があるから違う意見同士が白熱してぶつかり合っても、その後みんなで仲良く一緒にビール飲むみたいな。できる妥協はして、本当に気分が乗らない時は合わせなくていい。みんなそんな風に生きてるので、ちゃんとした理由がなくても怒られることはあまりないです。
―ガイドブックに載ってないようなベルリンのおすすめスポットはありますか?
クロイツベルクにアドミラルブリュッケ(Admiralbrücke)という橋があるんですが、暖かくなったらみんなそこに集まってお酒飲んだりしてます。隣にパンクなイタリア人が経営している老舗のピザ屋さんがあって、そこでピザをテイクアウトもできて。私がそこをお勧めするのは、目まぐるしく変わっていくベルリンで、今でもずっと(少なくとも私が引っ越してきた10年前から)変わらない場所だから嬉しい。キレイなわけでもなければ、広いわけでもない、なんでもない橋なんです。でも、なぜかここにみんな集まってくるんです。
―今後のプランも聞かせてください。
プランね、難しいですけどね。2024年はさっき話したギリシャの田舎での生活を試してみること。200年ぐらい前からある石造りの家屋で、彼が家族と一緒に大事に手入れして使い始めました。まだまだお手入れは必要ですが、去年の夏にそこに滞在させてもらってすごく良かったので、今年はもう少し長めに住んでみようと思っています。
―楽しみですね。いつかギリシャでの話も聞かせてください。
【プロフィール】
井上知子 / Tomoko Inoue
舞台芸術家、ベルリン在住。2023年よりベルリン芸術大学内HZT MA SODA在学中。好きな食べ物はフライドポテトと麻婆豆腐。
INSTAGRAM >> @kohjimatomo
➖➖MEDIA INFORMATION➖➖
INSTAGRAM >> Im here magazine
2020年、ニューヨーク、ハワイ、イタリア、それぞれの場所を拠点に生活する3人の女性が立ち上げたウェブマガジン。現地のライフスタイルはもちろん、世界各国へ移住した人たちにフォーカスした「気になるあの人」のパーソナルなライフスタイル情報をインタビューを通して自分たちの目線でお届けしています。